はじめに
「抜歯しかありません」
そう言われたとき、
多くの飼い主さんは強い戸惑いを感じます。
歯を全部抜いてしまって、本当に大丈夫なのか
かわいそうではないのか
ごはんは食べられるのか
そして何より、
「本当に良くなるのか」
という不安。
この記事では、
2025年に当院で実施した抜歯症例のデータをもとに、
- 抜歯で何がどれくらい変わったのか
- それは、これまでの研究結果と比べてどうなのか
を、感情論ではなく
数字とエビデンスで整理してお伝えします。
猫の歯肉炎・尾側口内炎という病気
猫の慢性歯肉炎・尾側口内炎(FCGS)は、
- 強い口腔内の炎症
- 痛みによる食欲低下
- 流涎、体重減少
を引き起こす慢性疾患です。
ステロイドや免疫抑制剤で一時的に改善しても、
再発を繰り返すことが多く、
「内科治療だけでは限界がある病気」
として知られています。
この病気に対し、
長年有効性が検討されてきた治療法が
歯科抜歯治療です。
過去の研究では、抜歯はどれくらい効くのか
まず、これまでの代表的な報告を整理します。
Jenningsら(2015)
95例のFCGS症例を解析
→ 抜歯後、約70%の症例で臨床的改善(完全寛解+部分改善)
Hennet(1997)
30例の長期追跡
→ 約60%前後で良好な臨床改善
Sánchez-Vallejoら(2018)
システマティックレビュー
→ 全臼歯抜歯または全抜歯は、
内科治療単独より一貫して良好な成績
これらを総合すると、
抜歯によって、およそ6〜7割前後の猫で症状の明確な改善が得られる
というのが、現在の文献的な共通認識です。
では、当院ではどうだったのか
ここからが、
たんぽぽキャットクリニックの2025年データです。
2025年 猫の抜歯手術治療成績(たんぽぽキャットクリニック 臨床報告)

当院の治療成績まとめ(2025年)
【対象】
抜歯手術実施猫:42例
【対象期間】
2025年1月〜12月
【抜歯内容】
- 全臼歯抜歯
- 全抜歯(残存歯なし)
- 部分抜歯
※ 病変範囲・状態に応じて選択
結果①:口内炎・歯肉炎の経過
寛解:35例(83.3%)
維持(症状は残るがコントロール可能):7例
悪化・無効:0例
寛解率 83.3%
これは、
過去の主要論文で報告されている改善率(60〜70%)と比較しても、
同等、あるいはそれ以上の成績です。
結果②:体重の変化
「歯を抜いたら痩せるのでは?」
という不安は非常によく聞かれます。
しかし今回のデータでは、
体重増加:26例(61.9%)
体重維持:12例(28.6%)
体重減少:4例(9.5%)
平均体重変化は
+0.39kg(390gの増加)
多くの猫で、
痛みが取れたことで食事量が増え
慢性的な炎症が改善した
と考えられる結果でした。
外部文献との成績比較
| 研究報告 | 対象数 | 主な結果 |
| 当院(たんぽぽキャットクリニック) | 42例 | 83.3% 寛解 |
| Jennings et al.(2015) | 95例 | 約70% 改善 |
| Hennet(1997) | 30例 | 約60% 改善・寛解 |
※ 文献ごとに「改善」「寛解」の定義は異なります。本表では各論文の原著記載に基づき、臨床的改善として整理しています。
体重が減少した4例について
今回のデータでは、
4例(9.5%)で体重減少 がみられました。
この点について、補足します。
これらの症例では、
- 抜歯前から慢性的な炎症や疼痛が強かった
- 高齢、あるいは基礎疾患(慢性疾患)を併発していた
- 抜歯後も炎症の完全沈静化までに時間を要した
といった背景がありました。
重要なのは、
体重が一時的に減少したからといって、治療が無効だったわけではない
という点です。
実際、
- 口腔内の炎症自体はコントロールされている
- 痛みによる食欲不振は改善している
- 体調や生活の質(QOL)は維持・向上している
と評価できる症例が含まれています。
また、慢性的な口内炎の猫では、
炎症が落ち着く過程で
体内の水分バランスや筋肉量が変化し
体重が一時的に減少する
という経過をたどることも、臨床的には珍しくありません。
そのため当院では、
「体重の増減」だけで治療成績を判断するのではなく、
口腔内の状態・食事状況・生活の質を総合的に評価する
ことを重視しています。
なぜ、当院の成績が安定しているのか
特別な治療をしているわけではありません。
当院で重視しているのは、
- 病変歯・吸収病巣の取り残しをしない
- 全臼歯抜歯が必要かどうかの見極め
- 抜歯後の経過観察と投薬調整
- 痛みと炎症を残さないことを最優先にする
という、
基本的な歯科治療を丁寧に行うことです。
論文で示されている治療方針を、
日常診療の中で着実に実行している、
それに尽きます。
抜歯は「最後の手段」なのか?
かつては、
抜歯は「どうしようもなくなったらやる治療」
と考えられていました。
しかし現在では、
早期に抜歯を行った方が長期的なQOL(生活の質)が高い
ことが、多くの研究と臨床経験から支持されています
(Jenningsら 2015/Sánchez-Vallejoら 2018)。
まとめ:数字が示すもの
今回のデータから言えることは、とてもシンプルです。
- 抜歯は「かわいそうな治療」ではない
- 多くの猫で、痛みが減り、体重が回復・維持される
- 成績は、既存の主要論文と比較しても良好
そして何より、
治療後の猫の表情が変わる
これは数字には載りませんが、
日々の診療で確かに感じる変化です。
参考文献(Evidence)
Jennings MW et al.
Effect of tooth extraction on stomatitis in cats: 95 cases.
J Am Vet Med Assoc. 2015.
Hennet P.
Chronic gingivostomatitis in cats: Long-term follow-up of 30 cases.
Vet Comp Orthop Traumatol. 1997.
Sánchez-Vallejo M et al.
Feline chronic gingivostomatitis: a systematic review.
J Feline Med Surg. 2018.






