はじめに
猫の心臓病は、外から見てすぐに気づける病気ではありません。
静かに少しずつ進行していくため、気づいたときには重症化していることもあります。
今回は、猫に多い「肥大型心筋症(ひだいがたしんきんしょう)」を中心に、症状・検査・治療、そして当院での取り組みについてお話しします。
📖 目次
🫀 猫の心臓病ってどんな病気?
猫で最も多い心臓病は「肥大型心筋症」です。
心臓の筋肉(心筋)が分厚くなり、心臓の中の空間(内腔)が狭くなることで、全身に送り出せる血液の量が減ってしまいます。
その結果、血液がよどみやすくなり、心臓の中でも血液が溜まりやすい部分(左心房)に血栓(血のかたまり)ができやすくなるのが特徴です。
この血栓が全身に流れていくと、命に関わる「血栓塞栓症(FATE)」を起こすことがあります。
残念ながら、肥大型心筋症は根本的に「治る」病気ではありません。
けれど、発症を遅らせたり、症状をやわらげたりすることで、穏やかに過ごせる時間を増やすことができます。
初期にみられる変化
心筋が厚くなっていく初期の段階では、外から見てもほとんど分かりません。
しかし、心拍数が上がったり、不整脈が起きたりして、「なんとなく疲れやすい」「動くのを嫌がる」といったサインが出ることもあります。
病状が進行すると、肺に水がたまる(肺水腫)ことで呼吸が速くなったり、咳のような仕草を見せたりする場合も。
猫では咳はあまり見られませんが、心臓の病気が原因のケースもあります。
血栓塞栓症(FATE)による症状
心臓内でできた血栓が流れていき、血管に詰まってしまうと、突然の症状を引き起こします。
最も多いのは、腰の大動脈に血栓が詰まる「後肢麻痺」で、強い痛みや足の冷えを伴うことがあります。
また、呼吸が荒くなる、口を開けて息をするなど、急激な変化が見られることもあります。
このような症状は非常に緊急性が高く、できるだけ早く動物病院での治療が必要です。
治療の基本方針
猫の心臓病の治療戦略は、大きく2つの柱に分かれます。
1️⃣ 心臓の負担を軽くする治療
心臓が過剰に働きすぎると、心筋がさらに厚くなり、悪循環に陥ります。
そのため、「心臓を落ち着かせて、できるだけ自然なリズムで動かすこと」が大切になります。
当院では、症状や心エコーの所見に応じて、
β遮断薬(ベータブロッカー):心拍数を落ち着かせ、心筋の過収縮を防ぐ
カルシウムチャネルブロッカー:心臓の収縮をやわらげ、血流を改善する
ARB(アンジオテンシンⅡ受容体拮抗薬):血管を広げて血圧をコントロールし、心臓の負担を軽減する
といった薬を組み合わせて治療を行います。
特にARBは、腎臓への保護作用もあり、心臓と腎臓を同時にサポートする目的でも使われます。
2️⃣ 血栓を防ぐ治療
もう一つの大きな柱は、抗血栓療法です。
心臓の中で血液がよどむことで血栓ができやすくなるため、それを防ぐ薬を用います。
当院では、最新の研究(Hogan et al., 2021; Hogan et al., 2023)を参考に、
リバーロキサバンとクロピドグレルの2剤併用(DAPT療法)を行っています。
これにより、再発率を低く抑えつつ、副作用リスクをできる限り軽減しています。
🩺 当院での取り組み
早期発見こそが、猫の心臓病を守る第一歩です。
当院の健康診断には、心臓病マーカー「NT-proBNP」の測定を標準項目として含めています。
この検査により、心臓への負担や早期の異常を数値で把握することができます。
年に1〜2回の健康診断でこのマーカーをチェックし、数値の上昇が見られた場合には、
- 心臓超音波検査(エコー)
- 血圧測定
- 胸部レントゲン検査
を定期的に行い、心筋肥大の進行度や血栓形成の兆候を確認しています。
「異常が見つかったからすぐに薬」というわけではなく、その子の心臓と上手に付き合っていくことを重視しています。
🌿 まとめ
猫の心臓病は、治る病気ではありません。
でも、発症を遅らせること、そして穏やかに過ごす時間を増やすことはできます。
私たちは、「少しでも長く、心地よい時間を猫ちゃんと過ごしてほしい」
──そんな思いで、健診から治療、在宅ケアまでサポートしています。
いつもより寝てばかりいる、呼吸が速い、足の動きがおかしい…
そんな小さな変化を感じたら、ぜひ一度ご相談ください。
その「気づき」が、命を守る大切なきっかけになるかもしれません。





