「心臓病があって、腎臓病もあります」
この言葉を飼い主さんに伝えるとき、私はいつも少し時間をかけます。一度に受け取るには、重すぎる情報だからです。
「どうすればいいんですか」と聞かれることがあります。その問いに、簡単には答えられません。この2つの病気を同時に抱えた猫の治療は、どちらか一方だけのときとは、根本的に違う難しさがあります。
シニア猫に「心臓と腎臓、両方」が多い理由
猫の肥大型心筋症(HCM)は、猫全体の約15%に認められます。腎臓病(CKD)は10歳以上の猫で20〜50%に達するとされています。どちらも、年を重ねた猫に多く見られる病気です。
ですから、10歳を超えた猫が「心臓病と腎臓病、両方あります」と診断されることは、決して稀ではありません。シニア猫を診ていると、この2つが重なっているケースに、日常的に向き合うことになります。
心臓と腎臓は、互いに反対のことを必要としています
心臓病の治療で中心になるのは利尿剤です。体に溜まった余分な水分を排出して、心臓にかかる負担を軽くする薬です。
ところが、腎臓は水分を必要とします。血液が腎臓をたくさん流れることで、老廃物をろ過できる。水分が減ると、その働きが落ちてしまいます。
つまり——心臓にとって「水を減らすこと」は助かることで、腎臓にとっては苦しいことです。
血圧を下げる薬も同様です。心臓の負担を減らすためには血圧を管理することが大切ですが、体の水分が不足した状態では、腎臓への血流が落ちてしまいます。
片方の臓器を助けようとすると、もう片方に影響が出る。これが、この2つの病気を同時に抱えた猫の治療が難しい理由です。
「検査は正常でした」でも、腎臓が問題ないとは限らない
8歳の去勢オスの猫が、心雑音を気にして来院されたことがあります。
エコー検査と血圧測定で肥大型心筋症と診断し、心臓の状態を示すBNP(心臓に負担がかかると上昇する検査値)が高い状態でした。一方で、この時点では腎臓の検査値は正常範囲内でした。
心臓の治療を始めて1週間後の再診では、特に問題ありませんでした。ところが2週間後、体重がわずかに減り、食欲もやや落ちていました。血液検査をすると、腎臓の数値が上昇していました。
利尿剤を減量し、少量の皮下補液を毎日行うことにしました。1週間後には腎臓の数値は正常範囲に戻りました。
ただ、そのとき私が理解したのは「この子の利尿剤は、ここまで」ということです。利尿剤を減らしたことで、心臓の数値も少し上がりました。「心臓の負担を以前よりは取り除けているけれど、これ以上は腎臓に影響が出る」——そういう場所に、この子のバランス点がありました。
それ以降は、腎臓病の管理——療法食と腎臓のケア——も並行して進めることにしました。
なぜ最初の検査で腎臓の異常がわからなかったのか
臓器には「余力」があります。腎機能が落ちていても、残った機能が補うため、検査値が正常範囲に収まることがあります。
ところが利尿剤で水分が減ると、その余力が一気に使われて、数値に現れてきます。高齢の猫では、こうした「隠れていた腎臓の問題が、治療をきっかけに表面に出てくる」ことがあります。
「最初の検査が正常だった」は、「腎臓に問題がなかった」とイコールではないのです。
だから、治療を始めてからも、定期的な検査が必要です。心臓の検査値と腎臓の検査値を並べて見ながら、その子に合った場所を少しずつ探していきます。
「どちらを優先すればいいですか」という問いへの答え
「心臓と腎臓、どちらを優先して治療すればいいですか」と聞かれることがあります。
どちらかを優先する、という考え方では、この病気には対応できません。2つを同時に見ながら、バランスを取り続けることが必要です。
体重の変化、食欲、水を飲む量。数値だけでなく、その子の日常の変化も大切な情報です。「最近、ごはんの食べ方が違う気がする」というような飼い主さんの観察が、治療の判断に直接つながることもあります。
「この子に合ったバランスの場所」は、検査をしながら、一緒に探していくものです。
足の先のケアを半年間続けた、あの猫のこと
もう一つ、今でも思い出す症例があります。
血栓症で後肢が動かなくなった状態で来院した猫がいました。治療を続けて命はつなぎとめましたが、両後肢には重い障害が残り、足の先端が壊死してしまいました。
それでも、ご家族はその子のそばを離れませんでした。壊死した足のケアを半年間続けながら、心臓病の治療も続けた。その子は、それからさらに1年半、生きてくれました。
そのご家族の姿を、私は今も忘れていません。
「今、何ができるか」を一緒に考える——それが、この病気と向き合うときに私が大切にしていることです。
相談だけでも、構いません
「他の病院で心臓と腎臓の両方があると言われたけれど、どう対応していいかわからない」
そういった相談を、たんぽぽキャットクリニックでは受け付けています。セカンドオピニオンでも構いません。その子の状態を一緒に確認しながら、できることを考えます。
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参考文献
Kittleson MD, Côté E. “The Feline Cardiomyopathies: 2. Hypertrophic cardiomyopathy.” Journal of Feline Medicine and Surgery, 2021.
Coleman AE, et al. “Safety and efficacy of orally administered telmisartan for the treatment of systemic hypertension in cats.” Journal of Veterinary Internal Medicine, 2019.
Lo ST, et al. “Synergistic inhibitory effects of clopidogrel and rivaroxaban on platelet function and platelet-dependent thrombin generation in cats.” Journal of Veterinary Internal Medicine, 2023.
Mansi CD, et al. “Therapy with clopidogrel or rivaroxaban has equivalent impacts on recurrence of thromboembolism and survival in cats following cardiogenic thromboembolism: the SUPERCAT study.” JAVMA, 2025.





