猫伝染性腹膜炎(FIP)と診断されたら、まず読んでほしいこと

「FIPです」

猫伝染性腹膜炎(FIP)——この言葉を飼い主さんに伝えるとき、私は今でも緊張します。

表情が変わる瞬間、絶句される沈黙、そして「治りますか?」という言葉。この10年近く、何度その場面を経験しても、慣れることはありません。

この記事では、FIPと診断されたばかりの飼い主さんに向けて、治療薬のこと、費用のこと、再発のこと——私が診察室でお話していることを書きます。

「治せる病気になった」は本当か

かつてFIPは、診断イコール死を意味する病気でした。有効な治療法がなく、私たちにできることは限られていた。

それが数年前から、抗ウイルス薬の登場によって状況が一変しました。適切な治療を受ければ、多くの猫が寛解に至ることができる。これは本当のことです。

ただし、一つ付け加えなければなりません。

「治せる病気になった」は本当。でも「どこで・どう治すか」によって、結果は変わります。

当院(たんぽぽキャットクリニック)でこれまでに治療したFIPの症例は171例。そのうち86.5%が寛解に至っています。この数字は、薬の力だけでなく、診断の精度・治療中のモニタリング・再発への対応、そういった積み重ねの結果です。

治療薬は2種類ある

現在、FIPの治療に使われる抗ウイルス薬は主に2種類あります。

GS系製剤(GS-441524)モルヌピラビルです。

インターネットで調べると「どちらがいいか」という情報があふれていますが、私の答えは「どちらも有効です」です。実際、複数の臨床研究でも、両剤の治療成績に大きな差はないことが示されています(Frontiers in Veterinary Science, 2024)。

当院でも、171症例のうちGS系製剤を80例以上、モルヌピラビルを80例以上に使用しています。どちらか一方が優れているのではなく、猫の状態と飼い主さんの状況に合わせて選んでいます

では、何を基準に選ぶのか

私が診察室で飼い主さんと話しながら確認することは、主に2つです。

① 投薬のしやすさ

モルヌピラビルには苦味があります。1日2回の投薬が必要なため、薬を嫌がる猫、苦味に敏感な猫には投薬が難しくなることがあります。毎日確実に飲ませられるかどうか——これは治療の成否に直結するため、軽視できません。

② 費用

GS系製剤とモルヌピラビルでは、1日あたりの薬代がおよそ2〜3倍違います(GS系の方が高い)。

当院では治療期間として42日間を推奨しています。1日あたりの薬代に42日分をかけた金額に加えて、治療期間中の定期検査費用(血液検査・超音波検査など)も必要になります。最初に治療費の全体感をお伝えするようにしているのは、途中で「続けられない」という事態を避けたいからです。

FIPの治療は飼い主さんにとって大きな決断です。費用のことを遠慮なく話してもらえる場でありたいと、私はいつも思っています。

再発したとき、どうするか

FIPは再発することがあります。当院のデータでは、治療を終えた症例のうち約22%に再発が見られました。

再発と聞くと絶望的に感じるかもしれませんが、再発=治らない、ではありません

当院での経験では、モルヌピラビルで治療中に再発したケースでGS系製剤に切り替えることで、その後寛解に至るケースがほとんどでした。逆のパターン(GS系からモルヌへの切り替え)も文献上で有効性が報告されています。再発しても、次の手があります。

ただし、これは再発に早く気づけることが大前提です。

再発の最初のサインは、非常に気づきにくいものです。多くの場合、最初に現れるのは食欲のむらです。「最近、食事に飽きたのかな」と思ってごちそうを与えると食べる。でも普段のごはんは食べなくなってきた——そういった変化が再発の入口になっていることが少なくありません。

検査で引っかかってくる項目としては、発熱・SAA(炎症マーカー)の上昇・グロブリンの軽度上昇・軽度の貧血といったところです。治療開始からずっと同じ目で診続けているからこそ気づける、微妙な変化があります。

定期的な検査と継続的な観察ができる環境——これが再発時の予後を大きく左右します。

86.5%という数字の意味

当院の寛解率86.5%という数字を、私はむやみに誇るつもりはありません。

逆にいえば、13.5%の猫は寛解に至らなかった。その事実と、私は向き合い続けています。

寛解に至らなかったケースを振り返ると、治療開始時点での病状の進行が大きく関わっていると感じます。PCV(赤血球容積)が20%を切るような重篤な貧血があったり、腸間膜リンパ節がすでに10mmを超えていたり、神経症状が出ていたりした場合です。もっと早くから治療を始めることができていたら——そう悔やまれる症例が、正直あります。

この数字が示していることが一つあります。それは、FIPは早期に発見し、早期に治療を始めることが、何より大切だということです。

薬の選択・投薬量の調整・副作用のモニタリング・再発への対応——これらすべてを積み重ねた結果が86.5%です。そして早期治療がその前提にある。

寛解率とは——「完治」とは違います

ここで一つ、大切なことをお伝えします。

「寛解」とは、FIPの症状が消え、検査値が正常化し、安定した状態が続いていることを指します。「完治」とは異なり、体内からウイルスが完全に消滅したことを意味するわけではありません。

寛解後も定期的な観察は必要ですし、一部の猫では再発が起こることもあります。86.5%という数字は、そういう前提のもとで見てもらえればと思います。

それでも、かつて「不治の病」と言われたFIPが、これだけ多くの猫で寛解に至るようになったことは、間違いなく大きな前進です。

FIPの早期診断——経験の蓄積が精度を決める

FIPは、診断が難しい病気です。

臨床22年のなかで感じることは、FIPはそれほど頻繁に出会う病気ではないということです。一般的な動物病院での遭遇頻度は年間数例程度。それほど症例数が少ない病気を、いかに早期に疑い、正確に診断するかは、経験の蓄積に大きく左右されます。

当院では、保護猫や多頭飼育の猫たちをはじめ、ストレス負荷の高い環境にいる猫を多く診てきました。純血種でも発生するFIPを、「もしかして?」という段階から見逃さない目を、長年の臨床で培ってきたと感じています。

猫のFIP消毒について詳しくはこちら→FIPの消毒はどこまで必要?

FIPが疑われたら、早めにご相談ください

「うちの子、最近元気がないな」「体重が減ってきた気がする」「お腹が張っている」——そういった変化に気づいたとき、まず相談できる場所があることが大切です。

症状だけでは判断できないことも多く、血液検査・PCR検査・超音波検査を組み合わせて、慎重に診断を進めていきます。

診断がついてからではなく、「もしかして?」と思った段階でのご相談を、当院は歓迎しています。

相模原市・神奈川県内はもちろん、遠方からのご相談もお受けしています。まずはお気軽にお問い合わせください。

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参考文献

Tanaka et al. “GS-441524 and molnupiravir are similarly effective for the treatment of cats with feline infectious peritonitis.” Frontiers in Veterinary Science, 2024. https://doi.org/10.3389/fvets.2024.1422408/
Gorman et al. “Unlicensed Molnupiravir is an Effective Rescue Treatment Following Failure of Unlicensed GS-441524-like Therapy.” PMC, 2022. https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC9612227/

※本記事における症例データはたんぽぽキャットクリニックの診療記録に基づくものです。
※治療薬はいずれも猫のFIPに対して未承認薬であり、使用にあたっては獣医師の判断のもとで行われます。