皆さんは、猫の病気の代表格ともいえる「FIP」をご存じですか?かつては「不治の病」として恐れられていましたが、近年は獣医療技術や薬剤の進歩により、状況が大きく変わってきているのだとか。

そこで数多くのFIP治療実績を持つ「たんぽぽキャットクリニック」(神奈川県相模原市)の椿直哉院長に、FIP治療の概要や問題点について聞きました。その内容を複数回にわたるシリーズ記事としてご紹介していきます。ぜひご一読ください。

たんぽぽキャットクリニック 椿直哉院長                           2004年に獣医師免許を取得、北里大学を卒業。                         個人動物病院での勤務を経験した後、2次診療動物病院、企業動物病院を経て、2021年よりたんぽぽキャットクリニック(旧たんぽぽあだぷしょんぱぁく動物病院)院長を務める。数多くのFIP治療実績を持つ。

特にリスクが高いのは「若い猫」

――猫が患う「FIP」とは、どのような病気ですか?

FIPの正式名称は猫伝染性猫腹膜炎といいます。

獣医師の立場からいうと、かつては“診断するのがイヤな病気”でした。その理由はシンプルで「治せなかったから」。人間の病気でいえば癌のようなもので、診断がついた時点で「寿命はあと○日くらいです」という告知をしなくてはいけなかったのです。

ですから診断後は、完治や回復を目指す治療ではなく、痛みなどの症状をどう和らげるかという、いわゆる緩和治療を検討するしかありませんでした。余命はよくて半年程度、ケースによっては診断後、数日で亡くなってしまうことも。どこまで頑張れるかは、もうその子次第でした。

――「伝染性」ということは「うつる病気」ですよね?

いえ、誤解されやすいのですが、FIP自体が猫から猫へとうつるわけではありません。

原因となるのは「猫腸コロナウイルス」といって、親や兄弟などからトイレを介してもらうことが多いウイルスです。本来は軽い下痢を引き起こす程度のありふれたウイルスです。

その猫腸コロナウイルスが、ストレスなどの原因によって突然変異を起こすと、強毒化して「FIPウイルス」になるといわれています。

――FIPを患いやすいのは、どんな猫ですか?

FIPにかかりやすい子の特徴の一つとして「若い」ということが挙げられます。生後2か月〜1歳前後の若い猫がよく罹患します。

――生後2か月だと本当に仔猫ですね…なぜ若い子はFIPにかかりやすいのですか?

FIPを発症する最大のきっかけは「ストレス」だといわれています。猫にとって最もストレスが加わりやすいタイミングとしては生後2、3か月〜半年頃の「お家に迎えられる時」や「初めてのワクチン接種」「避妊・去勢手術」が挙げられます。

このように、若い猫たちはストレスを受ける機会が多いので、そのタイミングでかかりやすいのだと考えられます。

避妊・去勢手術を受けてから2、3週間経って、飼い主さまが「なんだか調子が悪そうだな」と気付いて動物病院へ連れて行き、調べてみたら発症していた…というパターンもあります。

――では、生後しばらくの間を無事に過ごせれば、FIPにかかることはないと考えてよいですか?

ある程度大きくなってから当分の間は、ほとんど発症しません。ただ10歳以降、いわゆるシニア猫になると、また少し発症リスクが上がってくるのです。

詳しい理由は分かっていませんが、私は「免疫が関与しているのではないか」と推測しています。若い頃からFIPが潜伏していて、年を取ってから症状が出てくるのではないかと。

――ストレスがかかると、なぜFIPにかかりやすくなるのでしょう?

まだメカニズムが解明されたわけではないのですが、一般的には「ストレスによって免疫が動くから」だと考えられています。

例えばワクチン接種というのは、わざと少量のウイルスを体に取り入れて、体内の免疫細胞を活性化させて抗体を作らせるわけですよね。また、ペットショップから飼い主さまのお家に引っ越すと、住環境がガラリと変わって緊張したりするので、それによっても多少は免疫が落ち込むと考えられます。

動物の体にはホメオスタシス(恒常性:生体の内部や外部の環境因子の変化に関わらず生理機能を一定に保とうとする性質)が備わっているので、ストレスを受けると、それを緩和するためにいくつかの防御反応が起こります。それらもFIPが発症しやすくなる原因ではないかと考えられます。

FIPウェットタイプで大きく張り出たお腹                                    

タイプは2つ、それぞれの症状は?

――FIPにかかるとどんな症状が出ますか?

まず、ご飯の食いつきが悪くなります。これまではペロリと完食していた量を、半分残してしまう…といったように。それからだんだんと好きなものしか食べなくなっていき、しばらくするとそれすら食べなくなっていくケースがよく見られます。

食欲低下の背景には、発熱がある場合が多く、軽い下痢をする子も多いです。ただ、それほどの高熱が出ない場合や、下痢もよくある症状なので、飼い主さまは「しばらく様子を見るか」と考えて、病院に行くまでに1、2週間が経過してしまう。それが発見を遅らせ、治療のタイミングを逃すことにつながりやすいのです。

――食欲低下の他には、どのような症状が見られますか?

FIPには、ウェットタイプとドライタイプという2つのタイプがあります。

ウェットタイプのFIPにかかると、お腹(腹腔内)に「腹水」と呼ばれる水が溜まってきます。外見状は「少し太ったかな?」と感じられるかもしれませんが、ご飯はあまり食べていないわけですから、背骨がゴツゴツと浮き出るくらい痩せてきます。

一方、ドライタイプのFIPにかかると、リンパ節や腎臓、肝臓に「肉芽腫」という結節ができます。もちろんこの肉芽腫は、外見からは分かりません。

ウェットタイプとドライタイプの発症比率はおよそ3:7で、ドライタイプの方がよく見られます。

FIPウェットタイプのエコー画像 中央はFIPの猫に見られる腎臓の特徴的なライン

次回の記事では、FIPの診断や治療の方法についてご紹介します。

参考文献

Pedersen, N. C. (2009). A review of feline infectious peritonitis virus infection: 1963–2008. Journal of feline medicine and surgery, 11(4), 225-258.

Kipar, A., Meli, M. L., Baptiste, K. E., & Bowker, L. J. (2010). Lutzomyia longipalpis in Guerrero State, Mexico. The Lancet, 375(9709), 1815.