はじめに

FIP(猫伝染性腹膜炎)という言葉を聞いたとき、
多くの飼い主さんは、頭が真っ白になります。

「治らない病気」
「助からない」
「もう時間がないかもしれない」

これまで、そう説明されてきた病気だったからです。

実際、ほんの数年前まで、
FIPは有効な治療法のない病気でした。
獣医師でさえ、できることは限られていた。
その現実は、決して誇張ではありません。

でも今は、少し違います。

FIPは「治療できない病気」だった

FIPは、猫コロナウイルス(FCoV)が体内で変異し、
免疫反応が暴走することで起こる病気です。

発熱が続く。
お腹や胸に水がたまる。
食べられなくなる。
元気がなくなる。

進行は早く、
いったん発症すると予後は極めて厳しい。
長いあいだ、FIPはそういう病気でした。

FIPの流れを変えた抗ウイルス薬

その状況を大きく変えたのが、
抗ウイルス薬 GS-441524 の登場です。

GS-441524は、
猫コロナウイルスが体内で増殖する過程を直接阻害する薬です。

ウイルスの増殖が抑えられることで、
過剰な免疫反応が沈静化し、
全身の炎症が少しずつ落ち着いていきます。

これは「症状を抑える治療」ではなく、
原因そのものに作用する治療です。

実際に、GS-441524を用いた治療によって
高い寛解率が報告されるようになり、
FIPは「治療を試みる病気」へと位置づけが変わりました³。

どんなFIPに使われるのか
  • FIPにはいくつかのタイプがあります。
  • 腹水や胸水がたまる ウェットタイプ
  • しこりや炎症が主体の ドライタイプ
  • 神経症状や眼症状を示すタイプ

現在では、これらすべてのタイプが
治療対象になり得ると考えられています。

症状の重さや発見のタイミングによって差はありますが、
「何もできない病気」ではなくなった、
という点は非常に大きな変化です。

モルヌピラビルという選択肢

近年、FIP治療の選択肢として
モルヌピラビル(Molnupiravir) が用いられるケースも報告されています。

モルヌピラビルは、
ウイルスの遺伝情報にエラーを生じさせることで
ウイルス増殖を抑制する抗ウイルス薬です。

猫のFIPにおいても、
改善がみられた症例報告が複数あり、
GS-441524と同様に
ウイルス複製を標的とする治療として注目されています⁴。

一方で、
猫に対して正式に承認された薬ではなく、
用量設定や安全性については慎重な判断が必要です。

個人輸入でも入手可能な薬であるため、
使用する場合は必ず獣医師の管理下で、
リスクと利益を十分に検討したうえで行う必要があります。

治療期間と経過について

FIPの治療は、
短期間で終わるものではありません。

一般的には、
数か月単位の治療と経過観察が必要になります。

途中で元気になったからといって治療を中断すると、
再発するリスクが高まります。

FIP治療は、
体がウイルスの影響から回復するまで、
時間をかけて支えていく治療です。

副作用と注意点

治療薬では、
注射部位の痛みや炎症、
一時的な体調変化がみられることがあります。

GS製剤・モルヌピラビルはいずれも、
肝機能障害や、投与量・投与期間によっては
骨髄抑制がみられることがあります。

当院では、治療終了後も含めて
定期的に血液検査や画像検査を行い、
肝臓や血球系への影響を継続的にフォローしています。

「治療できる」と「完治する」は違う

FIPは、
治療できる可能性が出てきた病気です。

しかしそれは、
完治する病気になった、
という意味ではありません。

早期発見、
正確な診断、
適切な治療計画、
そして継続。

そのすべてが揃って、
はじめて治療が成り立ちます。

これまでの治療実績について

過去に たんぽぽキャットクリニックで行ってきたFIP治療の実績 については、
こちらのブログで詳しくまとめています。
👉 「たんぽぽキャットクリニック

知ることは、ひとりで抱え込まないこと

FIPと向き合うとき、
飼い主さんが不安になるのは当然です。

でも今は、
治療の選択肢があり、
相談できる獣医師がいます。

FIP治療薬について知ることは、
無理に希望を持つことではありません。

現実を正しく知り、
ひとりで抱え込まないための第一歩なのだと思います。

📚 脚注・参考文献(Evidence)

Center SA. Feline hepatic lipidosis. Vet Clin North Am Small Anim Pract. 2005.
Valtolina C, Favier RP. Feline hepatic lipidosis: from pathophysiology to clinical management. J Vet Intern Med. 2016.
Pedersen NC et al. Efficacy of GS-441524 in cats with naturally occurring feline infectious peritonitis. J Feline Med Surg. 2019.
Cook S et al. Molnupiravir therapy in cats with feline infectious peritonitis. Case reports, 2022.
Brenner JS et al. Refeeding syndrome in a cat with hepatic lipidosis. J Vet Emerg Crit Care. 2011.