かつて「不治の病」として恐れられた猫の病気「FIP(伝染性猫腹膜炎)」の治療法などについて獣医師にインタビューする連載記事。

第3弾となる今回は、治療法やその課題について聞きます。

たんぽぽキャットクリニック 椿直哉院長

2004年に獣医師免許を取得、北里大学を卒業。個人動物病院での勤務を経験した後、2次診療動物病院、企業動物病院を経て、2021年よりたんぽぽキャットクリニック(旧たんぽぽあだぷしょんぱぁく動物病院)院長を務める。数多くのFIP治療実績を持つ。

福音をもたらしたFIP治療薬の登場

FIPの治療法は近年、目覚ましく進歩しているそうですね。

かつてはもし「FIP」と診断されたら、飼い主さまは猫とのお別れを覚悟しなければなりませんでした。我々獣医師としても、もはや治療の方法ではなく、「いかに穏やかで悔いのない最期を迎えていただくか」を考えていました。

しかし2010年頃に「ムティアン(MUTIAN)」という薬(当初はサプリメント)が登場したことによって、その状況は大きく変化しました。早期に治療を開始すれば、多くのケースで猫を救えるようになったのです。ただ、ムティアンには少し問題があります。

問題とは?

それについて説明するため、まずFIPの治療薬の全体像についてお話しします。

FIPの治療薬は2つに大別できます。1つはウイルスを殺す薬で、国内で流通しているのは「レムデシビル」「モルヌピラビル」「GS-441524」の3種類です(2024年2月現在)。もう1つは治療をサポートする薬で、「ステロイド」「抗血栓薬」「抗痙攣薬」「肝保護薬」などが挙げられます。

ウイルスを殺す薬のうち、「レムデシビル」や「モルヌピラビル」は主として人間用の薬として流通しているので、当初は動物病院が製薬会社から正規に購入することはできませんでした(現在は可能)。

一方、「GS-441524」はアメリカのギリアド・サイエンシズ社が開発して特許を取得したものです。この薬の大きな長所は、内服薬と注射薬があるということです。「注射のみによる治療では再発率が高くなる」というデータがあるので、内服薬を使えるということはとても魅力的なのです。ただ、実は中国などの複数の企業も「GS-441524」と同じ成分を含む商品を販売していて、その中で最も早い時期に登場したのが「ムティアン」なのです。

中国などの企業が製造する商品は、製造方法や成分濃度が不明なため、品質や用量を正確に知ることができず、メーカーの指示通りに使うしかありません。そもそも薬と認められていないため、輸入する際も「化粧品」という扱いです。

ムティアンなどのコピー商品を避けて、正規の「GS-441524」を使うことはできないのですか?

一部の大学や研究機関ではギリアド社が製造した「正規品」を入手できるようですが、一般的な動物病院ではいまのところ購入ルートがなく、手に入れることが難しいです。仮に購入ルートがあったとしても、とても高価なため、その費用の負担が難しい飼い主さまも多いでしょう。そのため、私たちを含む多くの動物病院では、比較的安価で入手しやすい「非正規品」を用いて治療しているのが現状です。

しかし、それでも十分に治療はできており、実際にこれまで、FIPを患った多くの患者さまが寛解しています。例えば2022年度、30数例のFIP治療を行った中で、ほとんどの猫ちゃんは寛解し、元気になりました。残念ながら助けることができなかったのは、最初の受診時に発作などの神経症状があるなど、病状がかなり進行していたケースだけです。つまり、早期に診断と治療が行えた場合、たいてい助かっているわけです。

FIPの治療は入院して行うのですか?

自力でご飯が食べられない場合などは入院が必要ですが、そうでなければ、通院での治療が可能です。

最初はご飯を食べられない子も、薬を飲み始めて2、3日もすると食事ができるようになることが多いです。診断時はたいてい39〜40℃の熱があるものですが、1週間もすれば解熱していきます。腹水がある場合も、2〜3週間でなくなっていきます。1か月が過ぎた頃にはほとんどの症状が消えて、あとは寛解まで12週間、薬を飲むだけで大丈夫です。

FIP治療薬について、獣医師としてどんなことを期待しますか?

一番はやはり、薬価がもう少し落ち着くことですね。そして、一般の動物病院でも簡単に購入できる正規のルート、市場が確立されてほしいです。そうすればもっと多くの患者さまが安心して治療を受けることができます。

一方で、患者さまを救うには早期発見も欠かせませんので、診断方法も進歩させていく必要があると思います。

早期に発見できて、治療費をより手頃な額に抑えることができれば、FIPはそれほど恐れるべき病気ではなくなっていくでしょう。

当院での治療に関する詳細については、直接お問い合わせください。